ねえねえ、あのね

『ぺぺんち』の孫娘の日々

手術、しますか。どうしますか。

 

kurulikura23.hatenablog.com

 
返り咲きライダーを診察に連れて行ったら
病院に滞在5時間だった昨日の午後。


大きな整形外科で
何人も先生がいらっしゃるのだけれど、
運よく足首の専門の先生に診ていただけました。
その先生の診察を受けるために
九州中から患者さんが集まるみたい。

知らなくて行ったけど、ついてる。




先生のご説明を受けて
するすると紐解くように納得することばかり。
テニスをやっていて
彼が苦手なプレイがあるんだけど、
足の状態を見て魔法のように言い当てる先生。

4年前の怪我が要因で
根本的に解決するためには手術が必要だそう。


さてさて。
手術しますか?どうしますか?

今のままでもこれまでのように
生活も部活もできないことはない。
将来、デスクワークをするならば
特に困ることもないかもしれない。
(デスクワークをしてるとこは想像できんけど)

どちらを選択してもいいよ。
ただ、決断は早くしよう。
長く考えてもしかたないからさ。


先生が
「怪我をした時点で
 君のプレイの幅はもう決まってしまった。
 こうなるような運命だった。」
というようなことをおっしゃっていた。

4年前の怪我は小6の運動会の組体操によるもの。
息子がいっしょに組んでいた相手が
重い障害がある子で、
倒立をする際に息子を支えることができなかった。
練習のたびに痛め続けてたもんね。


組体操でその子と組んだから得たこともあるから
悔やむ気持ちとかはまったくなくて、
ただただ「そうかー」って何度も思う。


いろいろ深いねえ。
いいことも、そうでないことも
いろんな巡りあわせがあっての今だねえ。

 

「かわいい」ってこと。

誰が見ても「かわいい」と感じる
一般的な「かわいい」は強いけれど、
その人にしか分からない「かわいい」は最強。

うん。
最強で最高の癒し。

思い出すたびに
何度も何度も優しい気持ちになる。

 

みんなの共感を得たい人と
特定の人の共感を得たい人と
2つのタイプがあるけれど、
私は絶対的に後者。

深く良さを知りたい。

コアなものをじんわりと
大切に持ち続けたい。

 

www.youtube.com

 

ブログの内容とはちっとも関係ないけど
最近、よく聴いている曲。
この人たちの歌詞が好き。

活動の再開がたのしみだな。

 

きっとだいじょうぶです。

www.goshisato1973.info

 

ブログを読んで数日、
すごーくいろいろと考えました。
考えたことの中で、書けることだけ書きます。



いちばん強く感じたのは
このママはこう言ってくれる人がいて
「ほんとうに救われた」と
いつか強く強く思うだろなってこと。

 

ここから先は完璧なる持論です。
ブログの中のママのことも存じ上げないし。



発達障害がある子のほうが
育てやすい場合もあるよって私は思ってます。
だってさ、特性があるっていうことは
取扱説明書があるっていうのと近いもの。

だからトラブルがあっても
「ですよね」
「そうなんですよ」って割り切るしかない。

 

そして究極のところは
発達障害があったって、
発達障害がなかったって、
「その子のことが好きだー!」って
身近な人が思っていない限り
その子自身も自分のことを好きになれない。


いろんなことがあったって
その子自身の価値は変わらない。
「そんなあなたが好きだよ。」
何よりもそれが1番だと思うのです。

 


「誰だって調べたら発達障害っぽいとこがある」
なんて、よく言われているけれど、
ほんとうのほんとうの発達障害
「っぽい」じゃ済まないくらい甘くない。

辛いことも泣きたくなることも
山のようにあるし
次から次へと怒涛のごとく押し寄せてくるし。

だけどね。
きっと大丈夫なんです。

「困った」って閉じこもらずに、
1つ1つに向き合って
「じゃあ、こんなときはどうする?」って
前を向いて顔を上げて胸を張っていれば。

そうして
「どうする?」を積み重ねていくことは
親の成長になるだけではなくて、
子ども自身が困ったときの
自ら対処法を考える足掛かりになるはず。
だから、泣きたいだけたくさん泣いたら
信頼できる人の力を借りて歩き出すしかない。

ごめんなさいを言う回数が
他の子に比べて多くって
辛いことだって人より多くても
その分、優しい人にだってたくさん会えるから。


それにね。
発達障害の子に対する対応って
万人にとっていいものだから
人生の経験値がうんとあがるはずです。

うまくいかないのは発達障害だからじゃなくて、
逆に発達障害
こだわりすぎている場合もあるかもしれません。

大切なのは本人が幸せであること。
本人が自分らしく生きていられれば
その子はきっと幸せで。

障害自体をどうしようかと悩むよりも
障害のあることを踏まえて
どんな環境を整えるかしか親にはできなくて。

そして療育っていうのは
特別なことをしなくても
家庭の日々の生活の中でも
取り組めることはあると私は考えています。



障害のある子は「ギフテッド」と呼ばれることがあります。
だけれど、私はそれが好きではありません。
障害だけがギフトじゃないよ。
みんなみんな、ギフトを与えられてるよ。
その与えられているものを
ギフトにできるかどうかは自分の意識次第。

ゴーシ先生が書いておられる
 自分の幸せは100%自分の認知と思考が決める
ってこと、信じてます。


こんなことを書いてても
そのママの目に留まることはないけれど、
いつか会えるといいな。

 

だいじょうぶ。
きっとだいじょうぶです。

 

 

返り咲きライダー

かつて親戚からお譲りしてもらった木の乗り物。

足首を捻挫した息子が室内の移動に使ってる。


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調べてみたらまだ今でも販売されてて
なんだかうれしい気持ち。

15年近く経っても愛されてるんだねぇ。

 

www.omochanomori.jp

 

節句のお祝いや出産祝いにお勧めされているけど、
身長179㎝の高校生ライダーも再び愛用中です。

ハンドルもすいすい動いて方向転換も自由自在。

木の玩具はほとんど保存しているけれど、
大きくなった子がまた活用する機会があるなんて!


木の玩具が好きです。
いつかお店を持ちたいほど。

神!天才!ミラクル!

ヘーイ!

目印みたいにぴょこんと乗ってる息子の靴箱に
この間もお弁当を届けたぜ。

(靴箱にお弁当って、衛生的に気が引ける・・・)



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息子の朝の支度の様子で
お弁当箱を忘れる気配に気づくようになってきた。

これ、私の得意技。

その日も気付いていたのに声掛けしそこねてたー。
く、くやしい!

他の忘れものは知らんぷりするけど
お弁当だけは届ける。

だって食べてほしいけん。
つまり私のため。




彼のとんちんかんは高校生になって少し減ってきて
ちょっと寂しいけれど、
やっぱり相変わらずとんちんかん。

うちでは、制服のシャツの首回りは手洗いをして
洗濯機に入れるというのが決まり。

なぜならばオットが結婚前から毎日そうしていて、
制服を購入したときに子どもたちに
「お父さんは毎日洗ってから洗濯機に入れてる。
 そんくらいは自分たちでせんば。」
って言ってくれたから。


そんな決まりのもと、
息子の制服のシャツに不思議な現象が。

2枚のシャツの首回り
1枚はきれい。
1枚は汚い。

 



なぜだ。なぜだ

洗濯のたびに思っていたら
本人が解決してくれた。
「おれさ、なぜか2日に1回しか
 首回りの手洗いを思い出さんっちゃんねー。」


神!天才!
その忘れ方、すごか!

週をまたいでも
きれいなシャツのときは洗っていて
汚いシャツのときは忘れてる。
謎すぎる。

やっぱり
神!天才!
ラクル!


だけど、どんなに神でも天才でも
私は清潔な人が好きだ。
まんべんなく清潔な人が好きだ。
(きっと不潔が好きな人はいない)
その点、うちのオットはたいへんすばらしい。

そんなオットのモットーは「率先垂範」

息子よ、父を見習っておくれ。

七夕の夜

画像に含まれている可能性があるもの:食べ物




「雨が降ったら雲の上で
織姫さまと彦星さまが
ふたりでゆっくり会えるね。」

そんなかわいいことを言ってた
幼きころの娘を
懐かしんでいる七夕の夜です。


だけど今年の大雨には
織姫さまも彦星さまも
驚いているんじゃないかしら。



子どもたちが休校になって
私も仕事がお休みになった今日は
「なにもしない」日にしました。

食事の支度をしたり洗濯したりと
『日常』や『生活』はあるけれど、
それ以外のことは「なにもしない」。

「なにもしない」って決めたら
何もしないことへの罪悪感はゼロだし
むしろ達成感すら獲得できちゃう。

 

おおあめ

スマホの音を切って外出してたら
中学校も高校も
大雨で午後から休校というメールがきてた。

朝から尋常でない雨だったから
娘も息子も朝に送って行っていた。
娘からお迎えのお願いの着信があっていて慌てる。
テレワーク中のオットが迎えに行ってくれていて
なんとかセーフ。

息子からは
「ぺぺんちに友達とこもっとくけん。」とLINEが。

息子は夕方に迎えに行こうと思っていたけれど、
お知り合いから
「怖がらせるつもりはないけど
 冠水の可能性もありそうだから心づもりを」
というご連絡をいただいて、
念のために周囲を見るように電話をしたら
ぺぺんちの前はくるぶしぐらいまで水がきているとのこと。

急いで息子と友達を迎えにいった。

結果的に今回は被害はなかったけれど
ほんの数十分で周囲は様変わり。

友達の家の前も見に行ったけど
彼の家の近くの川も溢れていた。

去年のことがあるから、やっぱり大雨は怖い。
ほんとうにほんとうに怖い。
うまく表現できないのだけれど
頭の奥のほうから
「怖い」っていう感情が湧き上がってくる感じ。

だけれど、息子の友達も我が家に連れて帰って
いっしょに夕飯を食べたりして、
いつもと違う時間を過ごせたことで
すごく気が紛れて怖さを忘れていられた。
子どもたちの楽しげな声と姿は
こちらの心も明るくしてくれるし、
「何があってもこの子達を守らねば」と
背筋がしゃんと伸びる。


テレビをつけたら、あちこちで甚大な被害が。
なんだかもう居たたまれない。

その程度!と言われるかもしれない
昨年の被災経験だけれど
被災したからこそ推測できる感情がある。