ねえねえ、あのね

『ぺぺんち』の孫娘の日々

きっとだいじょうぶです。

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ブログを読んで数日、
すごーくいろいろと考えました。
考えたことの中で、書けることだけ書きます。



いちばん強く感じたのは
このママはこう言ってくれる人がいて
「ほんとうに救われた」と
いつか強く強く思うだろなってこと。

 

ここから先は完璧なる持論です。
ブログの中のママのことも存じ上げないし。



発達障害がある子のほうが
育てやすい場合もあるよって私は思ってます。
だってさ、特性があるっていうことは
取扱説明書があるっていうのと近いもの。

だからトラブルがあっても
「ですよね」
「そうなんですよ」って割り切るしかない。

 

そして究極のところは
発達障害があったって、
発達障害がなかったって、
「その子のことが好きだー!」って
身近な人が思っていない限り
その子自身も自分のことを好きになれない。


いろんなことがあったって
その子自身の価値は変わらない。
「そんなあなたが好きだよ。」
何よりもそれが1番だと思うのです。

 


「誰だって調べたら発達障害っぽいとこがある」
なんて、よく言われているけれど、
ほんとうのほんとうの発達障害
「っぽい」じゃ済まないくらい甘くない。

辛いことも泣きたくなることも
山のようにあるし
次から次へと怒涛のごとく押し寄せてくるし。

だけどね。
きっと大丈夫なんです。

「困った」って閉じこもらずに、
1つ1つに向き合って
「じゃあ、こんなときはどうする?」って
前を向いて顔を上げて胸を張っていれば。

そうして
「どうする?」を積み重ねていくことは
親の成長になるだけではなくて、
子ども自身が困ったときの
自ら対処法を考える足掛かりになるはず。
だから、泣きたいだけたくさん泣いたら
信頼できる人の力を借りて歩き出すしかない。

ごめんなさいを言う回数が
他の子に比べて多くって
辛いことだって人より多くても
その分、優しい人にだってたくさん会えるから。


それにね。
発達障害の子に対する対応って
万人にとっていいものだから
人生の経験値がうんとあがるはずです。

うまくいかないのは発達障害だからじゃなくて、
逆に発達障害
こだわりすぎている場合もあるかもしれません。

大切なのは本人が幸せであること。
本人が自分らしく生きていられれば
その子はきっと幸せで。

障害自体をどうしようかと悩むよりも
障害のあることを踏まえて
どんな環境を整えるかしか親にはできなくて。

そして療育っていうのは
特別なことをしなくても
家庭の日々の生活の中でも
取り組めることはあると私は考えています。



障害のある子は「ギフテッド」と呼ばれることがあります。
だけれど、私はそれが好きではありません。
障害だけがギフトじゃないよ。
みんなみんな、ギフトを与えられてるよ。
その与えられているものを
ギフトにできるかどうかは自分の意識次第。

ゴーシ先生が書いておられる
 自分の幸せは100%自分の認知と思考が決める
ってこと、信じてます。


こんなことを書いてても
そのママの目に留まることはないけれど、
いつか会えるといいな。

 

だいじょうぶ。
きっとだいじょうぶです。